2015/12/12

「話題の『ネガティブキャンペーンビラ』を読んでみた」

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【投稿を転載します】

昨日、市内在住の糸井岳史さんからFBのグループに投稿をいただき、シェアしたいとの声が多く寄せられました。ご本人の許可を得ましたので、ここに転載します。冷静な白井評であり、温もりのある応援の言葉だと受け止めています。もちろん、この投稿は「会」の見解ではありません。そう思う人もそう思わない人も、ご一読いただきたい文章です。(スタッフU)
※段落変えと表記の一部については、オリジナルの表現を損なわない最小の範囲でネットチームが編集しました。

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今朝から話題の「ネガティブキャンペーンビラ」をあらためて読んでみた。なるほど内容は稚拙で卑劣だが、この候補者はある意味、白井さんのよさを知りその影響力の広がりを恐れているのかもしれない、と思った。

白井さんと直接お会いして対話したときの私の個人的な印象を述べると、白井さんの数ある魅力の中のひとつは、あらゆる党派やイデオロギーに色分けされない「透明性」にある、と思った。形式的に党派を離れて一時的に無所属となり、自称「無党派」を語る政治家は少なくないが、白井さんはそういったタイプの政治家とは全く異なると感じた。

白井さんは、特定の政治の色に染まっていないというだけではなく、政治と向き合うスタイルそのものが透明であり、本当の意味での「無所属」であると感じる。アプリオリ(先天的)にイデオロギーがあって、その考えのもとにトップダウン的に何かの判断を下すのではなく、個々の具体的な事実や、市民との対話を積み重ねて、何が正しいかを判断しようとする。党派や自己の利益以上に市民の利益を優先して考えて、事実をもとに知性的に道理を説き、丁寧に合意形成を図っていく。

このようなスタイルは、既成の政党や政治家にはなかったものなので、「普通の」政治家には脅威として映るのだろう。何らかの党派の影響下にあるように仕立てあげ、無色透明の存在としてではなく、無理矢理にでも色をぬりつけて価値下げしようとする。例えば、「市民自治こがねい」や「小金井・生活者ネット」からの支援に、後から加わった日本共産党(以下、共産党)の応援をことさら強調しようとする人たちがいるのも、その焦りと恐れのひとつの現れなのだろう。

しかし、少し冷静になって白井陣営のビラを読めば、あるいは白井さんの経歴を見れば、そこには共産党はおろか、いわゆる「左翼リベラル」や、狭義の「市民運動」などの影響下になかったことが明らかとなる。白井さんは、むしろそういった人たちとは異なる存在であり、だからこそかえってその存在が輝いている。共産党の応援は、白井さんの度量の広さと支持層の幅の広さを示している。

ことばを変えて言えば、白井さんは保守・中道から左翼リベラルまで、政党で言えば自民・公明党から共産党支持者まで、立場や党派や思想・信条を超えて安心して投票できる数少ない候補者であるに違いない。おそらくこのことに恐れをなしているのだろう。また、自らを語る中味を持たない憐れな者たちは、他者を引きずりおろす以外の方法が考えつかないのであろう。

だいたい戦前の日本じゃあるまいし、今どき共産党からの応援があるから何だというのだろう。時代遅れもはなはだしい。あたりまえの道理が、あたりまえのこととして通らない。決めるべきことを決めずに先送りにし、その時々のご都合で、コロコロと方針が転換される行きありばったりの市政に怒りを抱き、この市政の流れを何とか変えたいと考えた幅広い市民が、その役目に最もふさわしい人として白井さんを選び、同じ思いを抱いて白井陣営に集い支援している。その中のひとつに共産党がある、というだけの話だ。

(ふと我にかえると、ここまで、ビラに対する感情のままに書いてきてしまいました。失礼しました。)

白井さんの陣営は、ボランティアの人たちのビラの渡し方ひとつとっても、真剣さがあってかつ表情も豊かでいいですね。他の候補者とは運動の仕方もぜんぜん違うね、と我が家では、妻と話しています。「むさこ白井deナイト」もいいですね。白井さんが当選したら、あれが市役所の日常となるのかと思うと、いまからワクワクします。そうなったら、文字通りのガラス張りの市政ですね。そんな効果的な運動へのいらだちも、「ビラ」には含まれているのかもしれません。

白井さんの当選を心から願っています。

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